Insight : 毛利悠子〈SP. by yuko mohri〉

Text : Kentaro Okumura

Photography : Koichi Takagi

Behind the scene___10.3.2020

7月20日から8月26日までの約1ヶ月の間、Ginza Sony Parkが現代美術家・毛利悠子のスタジオになった。「SP. by yuko mohri」と題された本展はインスタレーションの形式をとりながらも、完成品はなく、むき出しの制作空間に絶えず「過程」だけが横たわる。「いまだ音楽にもアートにも分類不明な表現の一種(Expression sp.)を目指す」と言う毛利に、その意図を尋ねた。

「スタジオとしてパークを使用する」というアイデアの着想はどこから?

これまでもミュージシャンの方と一回性のコラボレーションをしたことはありますが、いつも展示に集中してしまい、ライブやパフォーマンスといったコラボの記録を満足に準備できず「せっかくセッションしたのに何も残せなかったな」と感じることも多くて。「コラボレーションのための練習みたいなものがもっとできればいいのに」という気持ちがくすぶっていたんです。

そこから「音楽スタジオの特大版をテンポラリーに作る」というアイデアがひらめきました。普通、音楽スタジオにインスタレーションは設置できません。でも、この空間をスタジオ化すれば作品の現象を録音したり、映像化することもできる。もっと言えば、それを発展させ、5年後や10年後に新たな作品としてリリースすることだってできるのではないかと考えました。

作品の記録という行為は毛利さんの作品に多いインスタレーション=一過性とは一見、真逆のベクトルに思えます。

音楽や映画が好きなので「レコードにする」のは、むしろ、いつかやりたいことなんです。一過性へのアプローチは死ぬまでずっとやり続けると思いますが、コロナの状況下では現場を訪れて制作する機会が少なくなっていくでしょうから、モチベーションを増やすという意味でも、今後は映像や音楽作品を積極的に作りたいな、と。

期間中には、この空間で山本精一さんや鈴木昭男さん、大友良英さんらを招いたセッションを予定していて、その過程でいくつかの作品が作れそうです。展覧会だと作品の完成形をお披露目するだけですが、そうではないのがこの”スタジオ”の面白いところ。あれもしたいし、これもできるかなぁと同時並行的に熟考しているところです。

地下鉄銀座駅と展示空間が繋がっているという立地の特性は意識しましたか?

すごく意識しました。少し話が逸れるかもしれませんが、何らかの目的がある従来の展示とは違い、今回の企画って「(ソニーパークが)何も用意のないスペースをアーティストに提供する」のが面白いなと思うんです。

この企画をソニーパークの永野さんにプレゼンしたとき、工事現場に喩えて「何が建つのか分からないし、役に立つのかも分からない。でも、何かをつくっている現場を見ること自体が、今のコロナの状況下ではすごく励みになるはず」と仰っていただいて。すぐに役に立つかは分からないけど、視野や思考を広げる、潤滑油のような役割──アーティストは社会の中でそういう役割を持っていると私も思います。偶然通り掛かった方が「そういえば先週こんなことをやっていたな」といつか思い返してもらえるようなものになったとしたら、それはアートとして大きな役割になるんじゃないかな。

興味深いのが、パリのグラン・パレでも同じような取り組みをしていて。グラン・パレでは、ファッションウィークや大きなアートフェアがキャンセルとなったことを受けて、アーティストに空間をアトリエとして貸し出したんです。参加したアーティストは、その場所で彫刻やシアターピースみたいなものを作ったり、その場所に油を差すような感覚でスペースを使う。そして、その活動自体が将来のヒントになる。それらは具体的な提案ではないけど、空間にアイディアがたくさん溢れることで、スペースのポテンシャルが見えてくるし、これからやってくる将来のヒントにもなると思います。

私にとって今回のプロジェクトはまさにそういったポテンシャルへの気づきでもある。同じように、観賞した人にも何かしらの感想が少しでも残れば、とりあえずは「成功」と言えるのかな、と。いろんなアーティストが、場所や環境といった「隙間」を見つけて表現する機会が広がっていけばいいですよね。

本展は他を取り込む余地が残されているのが面白いですね。「作品」という形へパッケージしない姿勢を感じます。

これまでも、ふとした時に作品が予想していなかった面白い表情を出すときがあって、それをどれだけ取り入れられるかが試されてきたのですが、本展もその延長だと思っています。

例えば、今回設置しているピアノの調律は少し特殊で、通常だとAの音を440Hzに合わせるところを、音響担当のzAkさんが「420に下げるとピアノの音がまろやかになるよ」と助言をくださって、その設定にしています。実際、響きの印象はだいぶ違う。普段とは異なる調整が必要なので調律師さんにとっては面倒なはずなんですが、今回は時間があるので2回にわたり調整してもらいました。そんな感じで、なるべくフレキシブルに実験的に、アイデアが浮かべばとにかく試しています。

今のような時には、芸術の役割が相対的に大きくなっていると感じますか?

そうですね。コロナにしても、人間の欲望によって地球の自然のバランスが崩れたからこそ発生したという側面もあるのかもしれません。欲求のまま何でもやろうとする人間に対して「すべてを思い通りにできると思うなよ」と言われている感じがします。こういうときって、何かを発想したり、考えることを止めるとダメになってしまう気がして。今だからこそ、アーティストが潤滑油の役割を担うことで、いつもとは違う視点からの何かを見いだせるんじゃないかと思っています。