闇を見る旅が忘れられた物語を照らし出す: ナルコ「台灣黑暗觀光指南」

Interview: Anna Kato

Edit: Kentaro Okumura

Art________5.20.2021

戦争や災害など、人類の悲しみの記憶が残る土地への旅─ダークツリーズム。美術家・ナルコが研究の対象としてきたのは、歴史の中で否定され、人々の記憶から蓋をされてきた場所やモニュメントだ。

2016年より台湾を中心としたダークツーリズムへのリサーチを開始し、「現代における蒋介石像をつくること」を命題に、独裁体制の象徴とも言える蒋介石の彫刻を制作。個展「静粛的雕像(せいしゅくのちょうぞう)」(2020年)で発表された同作は、台湾史においてタブー視されてきたテーマに切り込んだとして注目を集めた。

その後、約4年間にわたる台湾のダークツーリズム・リサーチは『台灣黑暗觀光指南』として書籍化され、2021年には実際にツアーを開催。同書で 「私自身は無知で無責任な観光客だが、それ故に台湾を理解する入口として蒋介石像と核廃棄物に注目する自由さを持つ」 とする彼女だが、そもそもなぜ台湾という他国の歴史に、それもダークツーリズムの視点で踏み込むことになったのか。レジデンスおよび「綠島人權藝術季(緑島人権芸術祭)」への参加のため、台湾に滞在中のナルコに話を伺った。

Top Image: Courtesy by TAV GALLERY/Photography by SAKAI Toru

今なお埋葬されずに保管される、瀕死の蒋介石

まずはナルコさんがなぜダークツーリズムに取り組んでいるのか、なぜ台湾なのかという部分からお聞かせいただけますか?

なぜダークツーリズムなのかに関しては、私の家庭環境が関係しています。父は報道の仕事をしていて、子どもの時から基本的に報道番組や天気予報しか見られなかったんです。ある日、父の職場に遊びに行く機会があって、そこでテレビでは放映されていないニュースがあることを知りました。メディアで流れる情報は誰かによって選択されていて、私たちはそれを享受している。その事実に、子どもながらにとても引っかかって。その後、日本の国家が自分たちにとって都合の悪い歴史と、(そういった歴史を後世に伝える役割をもつ)記念碑などをあえて残さない社会性にも違和感を抱くようになりました。その違和感をどのように形にして共有できるかを考え始めたのが、出発点だと思います。

「ダークツーリズム」という単語を作品において使いはじめたのはいつ頃からでしょうか?

子どもの時から興味はありましたが、「ダークツーリズム」という言葉を使いはじめたのは、初めて台湾に行った2016年からです。美術予備校に通っていたときに台湾に縁がある友人と出会い、彼らに(台湾に)遊びに来ないか、と誘われて。もともと蒋介石の公園(慈湖紀念彫塑公園)は気になっていましたが、その時は取材をしようという気持ちはなく、観光客として行きました。

3.11の震災以降の数年間、日本においてダークツーリズムという概念は不謹慎であり、被災者である当事者に対して暴力性をはらんでいると危険視されているように感じて、それまでこの言葉を使っていた人がどんどん離れていっている印象があった。でも台湾に行ったことで、やはりダークツーリズムを追求することは大事だと気づき、積極的に使用しはじめました。

台湾のダークツーリズムを作品化する構想もその時に?

そうですね。蒋介石の公園(慈湖紀念彫塑公園)を訪れた時からはじまりました。無数にある蒋介石像を見た瞬間に、史実の背景にある複雑性や蒋介石像の未来、よそ者の私と蒋介石像の距離など、すべてに強い衝撃を受けて。これは取り組むべきだと直感したんです。このときに個展で出した「瀕死の彫像」の構想が生まれ、約4年がかりで作品化しました。

蒋介石の遺体は、エンバーミング* という方法で、今も埋葬されずに保管されています。彼が生前「中国大陸を取り戻してから埋葬してほしい」という遺言を残したことで、埋葬されず、蒋介石像もひとまず置いてある。その状況にある種の気持ち悪さを感じました。銅像に生死はありませんが、遺言という呪いのような言葉がいまだに効力を持っている事実を「瀕死の状態」という言葉で表現しています。

* 遺体の腐敗を防ぎ、長期的な保存を行うための技術。血液系を利用して血液と防腐剤を入れ替え、全身を灌流固定する。

個展で発表された蒋介石像のスカルプチャーはシリコンでできていて柔らかい点が新鮮でした。なぜ触ると震える仕様にしたのでしょうか。

「瀕死の彫像」における「瀕死」という部分をどう表現するかを考えた結果です。基本的には動かないけど、例えばAEDを用いて電気ショックを与えるイメージで、触れた時に一瞬ビクッと動く仕様にしたかったんですね。スライムのような柔らかい素材であれば、動いた振動が波紋のようにずっと震え続ける。技術的な問題は山積みでしたが、「動く」という部分は大切にしました。素材にシリコンを選んだことで、個展が始まるまで知らなかった「ソフトスカルプチャー」の文脈で見てもらえることにもつながり、予想外に彫刻としての魅力も引き出されたと思います。

Courtesy by TAV GALLERY/Photography by SAKAI Toru

政治的コンテクストの強い蒋介石の彫像を作ることはかなりの挑戦だったと思います。鑑賞者にはどのように受け止められたのでしょうか。

正直に言うと、蒋介石像を作ることが危険な行為だとは重々承知していたものの、日本で公開するぶんには大きな弊害はないだろうと思っていました。でも、あるウェブサイトに個展の情報を掲載できないと言われたり、あるコレクターの方が社会的メッセージの強い作品を買うことに躊躇される、というようなケースもやはりあって。一方で予想外だったのは、日本に住んでいる台湾人の方の反応が軒並み好評だったことです。あくまで個展会場に足を運んでくれた方の反応ですが、ユニークな作品だと受け入れ、一緒に記念写真を撮る方もいました。

本作が台湾でタブーな扱いを受け、公的な空間での展示に適さないと認識されたら、今ナルコさんが台湾へ渡航することも難しかったでしょうね。実際にレジデンスとして受け入れられていることは、何よりの応答だと思います。

このような対応をみると、日本と台湾における政治的対象への距離の取り方がいかに異なるかを痛感します。あいちトリエンナーレの慰安婦像の問題でも明らかとなった、社会的、政治的な議論を呼び起こす作品への強い反応と、それを危険視してしまう展示サイドという構造。どうすればこの関係性がお互いに議論を重ねるまで発展できるのか、台湾から学んでいきたいです。

台湾という政治的にも複雑な国に、日本人という言わば部外者として、かつダークツーリズムという視点で関わることをどのように考えてらっしゃいますか?

台湾に限らず、外国人観光客の立場で他者の歴史を受け止めるのは難しいことです。特に台湾は日本の植民地だった歴史がある一方、親日国というイメージも浸透しています。なので、どういう気持ちでいるべきか分からない後ろめたさを忘れずにいよう、と意識しながら取材の日々を過ごしていました。逆に、その後ろめたさを忘れることが、普通の観光なのかもしれないとも思います。拙著『台灣黑暗觀光指南』では日本の植民地時代についてあまり取り上げていませんが、だからといってその歴史を忘れているわけではありません。基本的にずっと後ろめたさは保ったままです。

『台灣黑暗觀光指南』より

「後ろめたさを保ったまま作品に向き合う」というのは、なかなか難しかったのではないですか。

言い方は良くないかもしれませんが、この後ろめたさはある意味、自分の信念を守る防弾チョッキのようなものかなと思っています。戒厳令が敷かれていた時代に家族や周りの人々がひどい目に遭った人たちの中には、「蒋介石像を作り直す」という行為に強い抵抗を示す人もいると思いますし、日本が台湾を植民地支配した史実から、私が(日本による植民地期ではなく)戒厳令下の歴史を重点的に調査することに嫌悪感を示す人もいるはずです。仮に私が後ろめたさを忘れてしまったら、このような抵抗や嫌悪の感情が生身に刺さってくる。そしてこの活動は不謹慎だと、自ら活動を制限する自己検閲へと繋がっていく。そんな予感があるんです。

後ろめたさが、ある部分では制作を駆動する装置として機能しているんですね。

少し詳しく言うと、私にとってこの後ろめたさとは、他者が抱える問題と自分との間にある心理的距離を理解しようとし、過去の歴史を自分事として意識することだと考えています。後ろめたさを構成する要素は、他者と関わったり見聞を広めることで、常に形を変えながら存在している。

後ろめたさを忘れてしまう状況は2つあって、ひとつめは、今の自分には関係のないことだと思考を停止したとき。もうひとつは、対象と心理的な距離が近づくことで、まるで当事者と同化したかのような感覚に襲われたときです。後ろめたさを忘れないために、自分の立場や当事者との距離を客観的に認識しようと常に意識し続けています。

再び日常に戻ったとき、現実が変質する旅

アーティストとしてダークツーリズムのガイドをすること自体が興味深いです。ご自身はツアーをどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。

以前、演劇としての「ツアー」にリサーチャーとして参加したことがありました。ツアーというよりも「ツアー・パフォーマンス」と言い換えた方が良いかもしれません。既存の修学旅行の枠組みを用いて、現代における教育劇を上演するプロジェクトで、参加者は複数のリサーチャーとともに、企画段階からディスカッションを重ねて旅程を組む。そしてツアー実施時は観客として参加し、観客の身振りを演ずることでツアーの主旨を学び、劇場となった都市の見え方が変わる、というものです。

非常に新鮮な感覚でこのプロジェクトに関わりました。演劇、観光、そして美術の視点はそれぞれ異なると思いますが、教育劇における「演じることで学ぶ」という理論がとにかく衝撃で。同時に、演劇では当事者との関係性や距離感を想像せざるを得ない、という側面も知れました。

具体的に教えてください。

ツアー・パフォーマンスの最後に、劇場として見た都市に住む「当事者」とディスカッションする時間があって、そこで演者となった「私たち」との絶対的な距離を目の当たりにしました。演劇の想像力の限界のようなものを感じた。というのも、演者は当事者に向けて「ツアー・パフォーマンスの”演じて学ぶ”という特性を現実の都市に投入できないか」という提案を行ったのですが、当事者にとっては実感しにくい予想外の内容だったために、彼らから戸惑いが伝わってきたんです。結局、その後も両者の間で良い話し合いができたとは思っていません。ツアー・パフォーマンスの特性とその可能性への理解が、両者の間で一方通行なまま終了しました。

このプロジェクトに参加したときには、すでに台湾でのダークツーリズムのリサーチを開始していましたが、まだツアーにする構想はありませんでした。しかしこの体験から「演じる」ことと「演じない」ことの可能性、およびそのどちらでもない表現の可能性について考え始めました。そしてそのために、まずは商業的な観光としての「ツアー」を理解しよう。実際に観光業と旅行業に従事することで、旅行や観光を求める人々と、それを提供する業界の仕組みのすきまで自分なりの表現ができるかもしれない……と、そんな直感を抱いたんです。毎週のように日帰りバスツアーを提供した経験から、ツアーを作品化する手段やプロセスにおいては、参加者を支配する(鑑賞者の行動に対し、アーティストが主導権を持つ)範囲を考えることが鍵だと考えます。それは一種のドラマトゥルギーのような、私の企みです。

ドラマトゥルギーとしてツアーを組むということは、どういうことなのでしょうか?

「今の時代に蒋介石像を作ると、どんな姿になるのか」という疑問。これが、私が企画したツアー「台灣黑暗觀光考察團」、個展での蒋介石像のタッチ、拙書『台灣黑暗觀光指南』……すべてにおけるドラマトゥルギーとしての大きなテーマであり、ツアーはその疑問を解くための入り口です。どの場所を、どの順番で、どれくらい時間をかけるのかという段階から、鑑賞者の動線にドラマトゥルギーを成り立たせるための意図・企みが出るようにつくっています。

拙書「台灣黑暗觀光指南」の目次の順番についても同様です。この本を台湾の方に見せた時、目次を見ただけで私のやりたいことをすぐ理解してくれました。あとがきでは、台湾でのダークツーリズムの対象を「蒋介石像」と「核廃棄物」だと明記していて、目次の前半ではこの2つに特に注力し、その後読者が2つの出来事の間における台湾の歴史、災害、ダークツーリズムとしての歴史を移動できる仕組みになるよう構成しています。

ダークツーリズムは、参加者にどういった可能性を与えると思いますか?

ダークツーリズムの存在意義に関わる質問ですね。一般的な概念では、ダークツーリズムは「悲しみの記憶をたどる旅」と説明されます。しかし、私が実際に各国を旅をしてみると――たしかに、その場所では目をそむけたくなるような凄惨な出来事があったのですが――悲しみの記憶をたどっているという感覚には不思議となりませんでした。むしろそういった出来事が、どのように守られ、伝えようとされてきたのかを実感することが多かった。

たとえば、第二次世界大戦時にホロコーストが起こったフランスのある村にはアイロンやベッドフレームが当時のまま残っていたり、車が錆びたまま置いてあったりと、街が丸々残っていて強烈なインパクトがありました。でも同時に、庭の芝生がきれいに刈られていて、ゴミ一つない状態に保たれているのを見たとき、この場所をきれいに管理している人がいることや、保存と伝承の強い意志があることに感銘を受けたんですね。

なぜこの場所がいま目の前に存在しているのか。誰がこの場所を保存してきたのか。これらに自発的に気付くことが、ダークツーリズムを通して得られる意義なのかなと思います。旅から帰ってきたとき、ダークツーリズムの対象は自分自身の日常にも反映されます。忘れられてしまったり、見えにくくなってしまった歴史や人々が存在するということが、ぐっと実感を伴ってくる。ダークツーリズムを体験することで、目の前の景色が変わる可能性を参加者に与えられると思っています。

私は以前、現在もカトリックとプロテストの間に対立があるベルファストに行きました。そこは5時になると、プロテスタントとカトリックの居住区を隔てる門を閉めていた。その時、どう反応したらよいのかがわからず、ただ異様な光景の中にいること自体を考え続けることしかできませんでした。そういう意味でも「ガイド」に物事をみる視点を提供してもらうことは学ぶことが多いと感じています。ナルコさんがツアーを組む際、参考にしたダークツーリズムのスポットはありますか?

震災時に多くの被災者を受け入れたホテルとして話題になった、南三陸町の「南三陸ホテル観洋」です。ホテルの従業員が語り部となり、毎日震災遺構をめぐるバスツアーをしています。復興工事が進み被災の状況が見えにくくなっている中、震災遺構として残った場所を現地の人じゃないとわからないようなエピソードを交えて巡っていく。そのスポットを回る順番や展開の仕方が、ドラマトゥルギーを構成する側にとっては参考になりました。バスで鑑賞者を拘束しながらも、その中でどこまで話術によって、想像力を膨らませることができるか……というディテールの部分で。民間によって運営されているという意味でも素晴らしい取り組みだと思います。

今後しばらくは台湾のダークツーリズムに取り組まれる予定ですか?

今年は、その芸術祭までは台湾のダークツーリズムに取り組んでいくつもりです。もう一つ、実は2年ほど前からリトアニアのダークツーリズムについても調べていて。ドラマトゥルギーとして参考にしているのがチェスワフ・ミウォシュというリトアニアの詩人で、彼へのリサーチを通してツアーを勝手に構想しています。実際に「行っても行かなくても実現できるツアー」として、完成したらいいなと。おそらく、2017年ぐらいに行っていた「す地平せん」というシリーズのような、展覧会というプラットフォーム自体を検証する、個人的実験のような取り組みになりそうです。

ナルコ

美術家。歴史上の否定的な土地やモニュメントを用いて、新たな視点を獲得するための彫刻作品やプロジェクトを発表している。2016年よりダークツーリズムの分野の研究を始め、台湾と日本を往来する生活を送っている。主な展示や上演に「第20 回岡本太郎現代芸術賞展」神奈川/岡本太郎美術館、「す地平せん」横浜・東京、「静粛的雕像」東京/TAV GALLERY、「台灣黑暗觀光考察團」台北/寶藏巖國際藝術村、「火燒島黑暗觀光考察團」綠島/国家人権博物館
https://www.twdarktourism.com/