ドナルド・トランプの活力の霊的源泉
現在、アメリカ大統領選挙の開票速報を横目で見ながらこの原稿をタイプしている。接戦模様だがすでに趨勢は決しているようで、民主党のバイデンが最終的な勝利を収めるだろうとBBCは伝えている。今回の選挙でトランプ時代はひとまず終焉を迎えるだろうが、一方でアメリカの分断の深さを再認識させられる選挙でもあった、とさしあたりは言えるだろう。
トランプ時代が過去のものになるのかどうかはさておき、今回紹介する書籍はその名も『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』(ゲイリー・ラックマン[著]、安田隆[監訳]、小澤洋子[訳])である。版元はオカルトやスピリチュアル系の香ばしいラインナップで知られるヒカルランド。とはいえ、そのラインナップを注意深く眺めてみると、ナチス親衛隊(SS)によるオカルト考古学研究機関アーネンエルベについての浩瀚(こうかん)な研究書『SS先史遺産研究所アーネンエルベ ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術』(800頁9900円!)や、第一次世界大戦期ヨーロッパにおける数々の迷信や呪術を分析した“戦争民俗学/戦争社会史”の名著といわれる『スーパーナチュラル・ウォー 第一次世界大戦と驚異のオカルト・魔術・民間信仰』など、香ばしさの中にも黒光りを隠し切ることができないハードコアな一品を見つけることができるだろう。
今回取り上げる『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』もそのような黒光り本の一冊と言えそうだが、やはり(?)そこはヒカルランド、一筋縄ではいかない。なにせこの本、トランプ旋風に象徴されるオルタナ右翼やポピュリズムの世界的な台頭の背後に流れる、西洋の秘教的なオカルティズムの大いなる地下水脈の存在を暴き出す、というものだからだ。とはいえ、著者はありきたりなオカルト陰謀論にはもちろん与しない。あくまで実証的に、トランプ旋風の裏に通底する秘教潮流を系譜的に辿っていこうという一貫した姿勢を崩そうとしない。
たとえばトランプの、ときに誇大妄想的とも思えるほどの「勝利」への自信(トランプは自伝のなかで「わたしは負けず嫌いで、勝つためには法の許す範囲ならほとんど何でもすることを隠しはしない」と述べているという)の背後に、彼が若い頃から心酔していたポジティブ・シンキングの提唱者・ピール牧師からの影響を読み取り、そこからピール牧師の思想的ルーツであるニューソート(「思考は現実にダイレクトに影響を与えることができる」とする教義にもとづく霊性運動)へと遡り、さらにそこから心と現実の魔術的性質に関するイタリア・ルネサンス期に復興したヘルメス学等のオカルト的な諸思想に源流を見出していく……、といった具合である。
細かい系譜的な理路は、実際に本書を通読してもらう他ない。なにせ、ルネ・ゲノン、ユリウス・エヴォラ、アレイスター・クロウリー、ネヴィル・ゴダード、ルドルフ・シュタイナー、アレクサンドル・ドゥーギン、等々、本書に登場する人物の数は膨大だ。リゾーム状に錯綜した諸系譜の地下茎を解きほぐし、コンパクトに整理する力量は筆者にはもとよりない。とはいえ、あえて付言しておくとすれば、ユリウス・エヴォラについての記述が豊富であったことは個人的には収穫といえた。というのも、このオルタナ右翼にも霊感を与えたといわれる20世紀イタリアの怪物的秘教哲学者、日本語で読めるまとまった文献が未だにほとんど存在しないのである。これは私見だが、エヴォラについての知見なくしては現代のオルタナ右翼的な潮流の完全な理解は不可能であろう。そのような意味でも本書は貴重といえるのである。