謎めいたアーティストが繰り広げる、奇想に誘うポップミュージック
2019年1月、YouTube上にアップロードされたある楽曲がSNSを中心に話題を呼んだ。「芸術と治療」という楽曲の変拍子と複雑なハーモニー、奇想に満ちた詞は、まさか処女作とは思えないクオリティと魅力を持っていた。著名人からも注目されたこの音楽家はシングルを中心にコンスタントに作品を発表し続ける。2年間の集大成として、2020年10月には初のミニ・アルバム『音楽と密談』をリリースしたばかり。高度な技巧とポップスとしての引力をあわせもった楽曲群は、改めて浦上のアーティストとしてのポテンシャルを感じさせるものだ。
そんな浦上に、ビデオ会議ツール上でインタビュー。バックグラウンドや創作のプロセス、この2年間の活動、そして今後の展望まで話を聞いた。まずは、活動をはじめたきっかけから。
「もともと音楽は好きで。他の仕事を目指していた時期もあるんですが、どうしても音楽は気になってしまう存在でした。ある時、自分が本当にやりたいこと、やるべきことは何なのかなと考えて、どうせなら今やっていることを全部いったんやめて、ゼロから実力を試してみたいという気持ちが勝ったんです」
「浦上・ケビン・ファミリー」という名義で活動をスタートさせた浦上。楽曲のクオリティの高さもあいまって、謎めいた印象を振りまいていた。その後、紆余曲折あり、現在の「浦上想起」に名義を変更した。
「ひとりでのスタートなので、孤独な島の中で制作しているような感覚があって。寂しいので「架空のメンバーの家族ユニット」みたいなかたちにしてみようと思ったんですが、あとから考えると意味がわからなくなってきたので(笑)、ソロユニットにしました」
なるほど、どこか非凡なワードセンスと物語性がユニークな歌詞に通じるところがありそうなエピソードだ。そんな作詞について、浦上はこう語る。
「あまりはじめから細かいところに意味を持たせすぎないようにしたくて。ストレートに言いたいことを考えたあとで、音の響きで衣をつけていく、みたいなかたちが多いです。小説だと町田康さんなどのユーモラスな文章を読んでいましたね。でも、そういった影響をいったん全部なしにして、完全に白紙の状態から言葉を羅列していく、みたいなことに意識を向けたいと思っています」
浦上は、あくまでも「歌」としての詞にこだわる。メロディと言葉が出会うことで生まれる意味が重要なのだという。
「作曲では、言葉とメロディが一緒にどばっと出てくる場合と、ピアノとかギターに向かってひねりだす場合があって。一緒に出てくる場合は、散歩をしているときとかにふっと思い浮かんだり。ちゃんとつくる場合は、真剣に向き合って、頑張ってひねり出します。メロディや進行をずっと書き溜めているノートがあって、それを見返していいものを取り出す作業もけっこう好きです。4小節だけとかのメモ書きがあって、それを改めて見たら使えそうなものがあったりする。ほとんどは使えないですけど(笑)」
音楽の世界を広げる、緻密に構築された楽曲
複雑な和声進行や微分音の使用など、高度な技法を作品のなかにさりげなく織り込んでみせる一方、知識の多くは独学だ。
「一応、クラシックのピアノは小さい頃から習っていました。でもギターとかベース、ドラムは独学で、自分の好きな感じでやり始めて。オーケストレーションも、譜面を見ながら音楽を聴いて、楽しんでいるうちに学んでいきました。理論をちゃんと勉強したというよりは、楽しみながら感覚で身についたらいいなと思っています。
ほぼ西洋音楽の音階に従ってはいるんですけど、そこからどうやって世界を広げていけるのか考えながら作ってみたいと思っていて、そのための道具をいろいろ使って遊ぶのが好きです。曲って一定のテンポで一定のキーで……っていうのが多いけど、それってなんでなんだろうっていう疑問があって。もっとストーリーや意味に応じてリズムが変わったり、テンポが伸び縮みしたりする曲があってもいいのにな、と思いますね」
あるときはポスト・クラシカルを思わせ、またあるときはレトロなアナログシンセが飛び出し……というように、多彩なサウンドを聴かせる楽器の編成もユニークだが、つくりこまれた多重録音の妙はどのようにして生まれるのだろうか。
「自分が今欲しい音をとにかく足していく、というかたちでやっています。ここにこの音が欲しいからあの楽器を足しちゃおう、みたいにしていたら100トラックになっちゃったりして。だからミックスに一番時間がかかるんです。骨組みはあっさりできることもあるんですけど。(『音楽と密談』では)マスタリングはプロにお願いしていますが、ミックスは自分で、毎日聴きながら。家とスタジオで作業しました」
ライブを通じて生まれた交流と意識の変化
さとうもか、MIKKOなど、他アーティストの作品にも参加している浦上。なかでも、他アーティストとのコラボレーションで印象的なのが、同じくインターネット上で話題を呼んだ新鋭・松木美定とのデュオ編成でのライブだ。どこか通じ合う作風を持つふたりの共演は評判になった。
「きっかけは多分、一昨年の10月に行われたイベントで、もともとはふたりバラバラに出演依頼があったんですが、後に互いに出ることを知って。曲数的に、持ち時間の40分がもたないかもしれないので、ふたりでやってみたらいいかも、と」
ライヴを観た人ならばよくわかってくれると思うが、浦上はシンガーとしても優れた声を持っている。本人は自らの歌声をどう考えているのだろうか。
「歌うことは好きだったんですけど、いわゆるシンガーソングライターになりたいと考えたことはほとんどありません。活動を始めるにあたって、自分で歌ってみようかなと。自分の作品には、自分で歌うのが一番合ってるかなと思っています。
ただ、自分の声を好きだと思ったことはなくて、だからこそ最初は声に加工をしていたんです。歌声を評価していただけるのはすごくうれしいですね。ライブでの歌い方もまだまだわかっていないところもあるので、もっと納得できるかたちにしていけたらいいなと思います。最近は自分の声の好きじゃない部分と好きな部分が出てきたな、っていうか。好きなところをもっと聴かせられるようにしたいです」
影響を受けたシンガーや好きなシンガーについては、こうも語ってくれた。
「ずっと好きなのはジョニ・ミッチェル。いわゆる「歌!」というよりは、叙情的なニュアンスがこもった、朗読のようなところもあり、いろんな要素をもった歌い方が好きで、そっちの面で影響を受けました。あと、女性シンガーの方も、自分が歌えない音域で歌ってもらいたいな」
広がっていく創作意欲
浦上はデビュー作の「芸術と治療」以来、MVも自ら制作してきた。もともと制作の経験があったのかと思いきや、そうでもないようだ。
「映像をつくったのはあれが初めてです。たまたまSONYのVegasっていう映像ソフトが安売りされていて、こんなに安いなら使ってみようかなと。使い方は手探りだったんですけど、慣れてきたので今も使っています」
とはいえ、映画文化にささげた「新映画天国」という曲からもうかがえるように、映画には親しんできたそうだ。
「映画は洋画を中心に観ます。もともとずっと好きだったのは「ゴッドファーザー」とか、コッポラの映画。あとは小さいころからディズニー映画が好きです。「メリー・ポピンズ」とか「美女と野獣」とか、あのへんの作品が音楽含めて好きです。好きな音楽と好きな映画を答えるのは難しいですね(笑)。(アレハンドロ・)ホドロフスキーとかも好きですし、「ドライブ」のニコラス・ウィンディング・レフンも好きだったりして、(ビデオやアートワークの色使いなどは)そのあたりを無意識に取り入れたりしているかもしれません」
初のミニ・アルバムをリリースして、活動に最初のひとくぎりがついた2020年。最後に、これからの抱負を聞いてみた。
「人と音楽をつくりたい(笑)。内面を見つめて音楽をつくることは十分やれてきたと思うので、もう少し幅を広げて、楽器を持って動き回るみたいなタイプの音楽をやっていきたいと思います。ファンクみたいなものにも興味があるんです。Vulfpeckとか最近好きで。ミニマムなファンクで、演奏にフォーカスしたものをやってみたい。一方で、プロデュースするときには、自分でつくりこんだものを歌ってもらう、ということも続けていきたいですね」