東京・愛宕の一等地で約70年の歴史を持ち、ミシュランガイド東京の創刊以来、10年以上連続で2つ星を獲得している精進料理の老舗「醍醐」が「果実とスパイス香る ヴィーガンカレー」を発表した。動物性食材、化学調味料、保存料、精製糖、小麦粉は不使用。国産野菜と果物のみをペースト状にすりつぶし、シナモンなどのスパイスとともにじっくり煮込んだそのレトルトカレーを、醍醐の4代目店主・野村祐介は「野菜のキーマ」と呼ぶ。
仏教の戒律を下地とし、動物性の食材を摂らない精進料理にとって、カレーは縁の遠い料理とも言える。実際、野村にカレー作りの基礎を教えたのは、フレンチ料理で約4年間の修行を積んでいた頃の先輩だったそうだ。野村はそのときに得たレシピを土台に、精進料理や和食の基本となる「引き算」の考え方を取り入れた。味に物足りなさを感じたら、打ち消し合う要素を分析し、間引く。素材の旨みを最大限に引き出すための改良を、10年以上続けてきた。
「このカレーは僕が醍醐でまかないとして作り始めたものがもとになっていて、ミシュランガイド・フードフェスティバルや、愛宕神社で行われる出世の石段祭などにも出店してきました。その度にSNSなどで「醍醐はカレーもやっていたのか」と大きな反響があって。その後15名限定の予約制イベントで提供しようとしたところ、8000件もの応募があったんです。精進料理の世界に身をおいた僕には無縁だった、カレーの持つ高いポテンシャルを感じました」
一般的なレトルトカレーの具材の割合は約25パーセントほどだが、「果実とスパイス香る ヴィーガンカレー」のそれは約70パーセントを占める。そしてそのほぼすべてが野菜であることから、野村は“野菜のキーマカレー”と表現する。
「具材が入っていないように見えますが、水の代わりにリンゴやタマネギ、ニンジンを皮ごとミキサーで粉砕して溶かし込んだところに、スパイスを入れて煮込みます。具材を炒めてだしを取ってからスパイスを入れる既存のカレーの作り方とは、根本的に違う。大げさに言えば、野菜ジュースにルーを溶かしているようなものです」
目指した味は「口に入れるとフルーティーな香りが立ち、少し甘い口当たりがある。そして徐々に辛くなり、身体があたたまるカレー」。スパイスの中心にシナモンを据えたのは、メインの食材であるリンゴとの相性と、時間経過による風味の向上をねらったもの。食べすすめるうち心地よい発汗作用をもたらす生姜は、通常の4〜5倍ほど入れたという。味の構成を尋ねるうち、野村の理想とするカレーのあり方が垣間見えてきた。
「カレーやラーメンは、記憶に残らないとまた食べたくはならないでしょう。五感の中で一番記憶をしづらいのが味覚と言われていて、例えば僕はしょうゆラーメンが好きなのですが、大好きなお店のしょうゆラーメンの味を明確に覚えているわけではありません。それでも「美味しかったこと」は覚えています。美味しいと感じることと、その味を覚えているかというのは別なんです。僕の中で、カレーというのはそんな存在であるべきだと考えています。このカレーがまた体験したいと思ってもらえるような、身近な存在になれるといいですね」