神谷圭介と『セクシーボイスアンドロボ』(黒田硫黄 作)

Edit: Kentaro Okumura

Book Review___12.23.2021

テレクラのアルバイトで日銭を稼ぎながら、将来の夢(スパイか占い師)のための修行を積む14歳の少女・ニコが、変幻自在の声色と鋭い観察力で次々と難事件を解決していく。墨筆による大胆な作画、余白を残した台詞回しなど、黒田硫黄の魅力がつまった未完の傑作を、コントグループ〈テニスコートの神谷圭介が語る。

斜めで予測不可能な展開でも不思議と納得できる物語

 この依頼をいただいた頃、まさに読んでいた本だったんですよ。「自分って何だったんだっけ?」って考え直すために、と言うんですかね。歳をとると、世の中もそうだけど、自分の立ち位置も考え方もどんどん更新されていくじゃないですか。僕はテニスコートをはじめた頃から自分の興味を体系的に整理することなく「あ、これいいな」って感覚的に進んできたタイプで。でもやっぱり「これからがんがんやっていくぞ」って頃と比べると、いろんなことが変化していて、その変化に少し混乱してもいた。

 とくに最近は20代前半ぐらいの若い演劇の人たちと一緒になる機会が多かったこともあって、創作を純粋に楽しむ気持ちで何かはじめるのもいいんじゃないか、って感覚があったんですね。やりたいというより、やったほうがいいな、動かなきゃって。そこで、創作にものすごく惹かれていた初期衝動の頃に影響を受けた本を読み直そうと手にしたのが、黒田硫黄さんの『セクシーボイスアンドロボ』でした。

 黒田さんのマンガってストーリーも意外性に富んでいるんですけど、出てくるキャラクターの反応も意外で、予測できない。そこが映画的でかっこいいんです。それって、読者から見ると「ぶっ飛んでいる」んだけど、キャラクターの性格や空気感ができ上がっているから、おかしく見えない。ただ斜に構えてるだけじゃないし、その人なりのストレートを投げているから、言葉や展開が刺さる。僕が演じるときも、話の流れにストレートに反応せず、シーンの軸を捉えつつもズラそうと意識していますが、これは黒田さんのマンガの雰囲気に憧れていたのかなって気がします。

 もうひとつ影響を受けているなと思ったのは、すぐに意味がわからなくても、次第に物語を動かしていくことになるセリフの存在です。『voice11. 鍵』(※#2に収録)で主人公・ニコが元スパイのおばあさんと世間話する流れで突然言う「わざと老人ぶってません?」とか、象徴的ですね。読み手を瞬間的にドキッとさせて、その先をついつい想像している間に話が進んでいく。ふつう、何が起こるかわかりづらい関係だったり、話の進め方って、あんまり面白くないじゃないですか。読み手が物語に展開を委ねて、そのまま楽しめる状況を作れるのは、かっこいいなって思います。

 最近、お仕事でドラマの脚本を書いて思ったことがあって。映像は画の情報量が多いから、セリフであまり説明しなくていいけど、戯曲やコントといった舞台ものは、言葉の応酬から空気が立ち上がってくる部分がある。だから舞台の書き方のまま映像の脚本を考えると、無駄な言葉が多くなりがちです。映像の脚本をつくるなら、マンガ──要はコンテなんですけど──にしたほうが、絵面とセリフのバランスが考えやすそうだなって思いました。黒田さんは映像的なマンガを描きますよね、(コマ割りが)映像編集っぽい。だから映像化したときの雰囲気も掴めるし、「もし映像になったらここが盛り上がりどころだな」ってわかる。いつか映像作品を作りたいので、そういう部分でも最近は参考にしています。読み直してみて、やっぱりおもしろいと思えたこともよかったかな。

テニスコートのときには3人が集まったときに何ができるか、そのアンコントローラブルな部分も含めておもしろい企画を考えようとしています。もちろんそういうことも継続していきたいけど、その前に僕個人としても純粋に創作をしていきたい。映像作品化を念頭に置いた舞台のシリーズとか、やってみたいですね。きっと、そのときにやるのはコントじゃないと思います。別のおもしろい何かができるといいかな。

神谷 圭介

俳優/作家/イラストレーター。武蔵野美術大学在籍時よりテニスコートとして舞台でコント公演を重ねる。Eテレ「シャキーン」コーナー出演中。脚本、書籍、など執筆のほかにもイラスト、デザイン、映像制作など多岐にわたり活動。主な著書『あたらしいみかんのむきかた 1・2』(小学館)