ファッション業界に真の多様性は訪れるのか

Text : Makoto Kikuchi

Edit : Kentaro Okumura

Illustration : Dorothy Siemens

Opinion____10.3.2020

Black Lives Matterの運動に呼応し、米ファッションメディア業界では黒人の編集者達を中心とした人種差別の告発が相次いでいる。ファッション業界に限らず、ここ数年の社会を象徴するワードとなった「多様性」だが、この言葉の重層性を軽視したパッケージは少なくない。真の多様性を実現するために、業界には何が求められるのだろうか。

米ファッションメディア業界で起きた多様性の「再精算」

2020年6月、米版『VOGUE』の編集長アナ・ウィンターは「黒人のエディターやデザイナーに十分なポジションを与えていなかった」として謝罪文を発表した。これはファッションエディターのシェルヴィー・アイヴィー・クリスティが、同誌で働いていたときに経験した人種差別をツイッターで綴ったことに起因する。

時を同じくして、ファッション・ライフスタイルウェブマガジン『Refinery29』の元編集者二名がツイッター上で同誌編集部における黒人従業員への不当な扱いを告発。これを受け、創業者兼編集長であるクリスティン・バーベリッチはインスタグラムで退任を発表した。個人ファッションブログから派生してできた人気ウェブメディア『MAN REPELLER』もまた、黒人を含む有色人種の元従業員からの告発を受け、サイトを立ち上げたレアンドラ・メディネは同メディアから「身を引く」と公表した

この二つの媒体は、立ち上げ当初から「革新的」としてミレニアルズ世代から大きな支持を得ており、BLMに関しても早い段階で声明を発表していた。従来のイメージから想像し難い今回の出来事にショックを受けた人も多いだろう。しかし、私はこの「再精算」こそが業界に真の変化をもたらす希望だと感じている。

2018年は「節目」の年だった

思い返せば、ファッション業界で「多様性」という言葉が声高に叫ばれるようになったのはほんのここ数年の話だ。

2018年に米版『VOGUE』が125年の歴史で初めて黒人フォトグラファーのタイラー・ミッチェルを表紙に起用し、ヴァージル・アブローが黒人デザイナーとして初めてルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターに就任。ファッション業界はいったんの「節目」を迎えた。

それを象徴するかのように、秋に行なわれたファッションウィークではショーに起用された有色人種の割合が過去最高の36.1%となった。4年前には2割にも満たなかったことを踏まえると、これは驚異的な飛躍と言っていい。欧米の老舗ファッションメディアやブランドが有色人種のモデルや写真家を起用することはもはや当たり前となり、業界に脈々と続いていた白人至上主義はとたんに影を潜めるようになった。

「多様性」がファッション業界における重要なキーワードとなったのは事実だ。しかしながらそれはあくまで表舞台に目を向けた場合であって、ひとたび裏側に目を向けて見れば、多様性とは程遠い現実が存在する。

「多様性」のウソ

私は昨年秋頃にそれまで働いていた日本のファッションメディアを離れ、ドイツ・ベルリンへと拠点を移した。言うまでもなくベルリンは多様な文化で構成された都市だ。道にはさまざまな人種が行き交い、カフェでは半分近い客がドイツ語以外の言語で会話をしている。そんな多様性に溢れた都市のファッション業界は、一体どんなものなのだろう。自分の世界が一気に広がるような期待に胸を膨らませていた。

ベルリンへ越して来て数週間後、GUCCIが主催するパーティに参加したとき、その期待は見事に挫かれた。100人ほどの来場者のうち、有色人種だったのは私を含め10人にも満たない。そのなかに黒人は姿はなかった。そのイベントはブランドとローカルのインディペンデントマガジンが共作したZINEのリリースパーティで、ZINEの内容が「多様なジェンダーやアイデンティティ」を賞賛するものだっただけに、私は少なからず衝撃を覚えた。

半年たった今、欧米ファッション業界の黒人の編集者たちが次々と声をあげているのを見て、私は痛感した。あのときのパーティでみた光景こそが、現在のファッション業界の縮図だったのだ。そしてこの再精算こそが、今の業界に必要なアクションなのだと確信している。

『VOGUE CHANGE』は本当に「変化」をもたらすか

欧米の流れを汲んで、日本のファッション業界でも東アジア人や、いわゆる白人と日本人の「ハーフ」ではないモデルの起用が増えてきた。近年では女性向けファッション誌でメイクアップやヘアスタイルを特集するページに、東アジア人以外の有色人種のモデルを目にすることもある。西洋的外見を理想とし「外国人風ヘア」や「ハーフ系メイク」といった言葉を長年多用してきた日本の女性向けファッションメディア業界にとって、これは大きな変化だろう。

また2020年3月、VOGUE JAPANが新たに『VOGUE CHANGE』と呼ばれる日本主導のプロジェクトを立ち上げた。「ダイバーシティー&インクルージョン」「サステナビリティ」「ワーク&ライフ」の三つを主軸にしたこのプロジェクトでは、これまでファッションとは切り離されてきた様々な社会問題を取りあげている。『VOGUE CHANGE』の発足は、日本ファッションメディアの在り方を今後大きく変え得る。しかし私がこのプロジェクトの存在を知ったとき真っ先に抱いた感情は、期待でも希望でもなく「違和感」だった。

『VOGUE JAPAN』はこれまでに何度か多様性の欠如や、文化盗用の問題で国外から批判を浴びてきた。なかでも印象的だったのは、2018年に「SPRIT OF JAPAN」というタイトルで発売された号だ。ハイブランドの服に身を包んだ白人女性のモデルの横に、芸者に扮したアジア人女性のモデルが並んだ表紙が「白人至上主義を思わせる」として、同誌のインスタグラムには批判的なコメントが多く寄せられた。

2019年6月にキム・カーダシアンが自身の補正下着ブランドに「KIMONO」と名付け世界中から大きな批判を受けていた最中、『VOGUE JAPAN』が発売した8月号の表紙を飾っていたのは渦中のカーダシアンだった。彼女の炎上と雑誌の発売が同時だったことは、単なる偶然だろう。しかし同誌がその問題について一切言及しなかったことは、私の印象に強く残っている。

こうした出来事を省みずにメディアが社会問題をコンテンツとして取り扱うことと、今回明らかとなった欧米のファッションメディアによる「多様性の消費」は地続きなのではないだろうか。

「トレンド」としての社会問題

『VOGUE CHANGE』のコンテンツの統括を務める名古摩耶氏は、『WWD JAPAN』の取材で以下のように話している。

「日本でも、フェミニズムやフェムテックといった性にまつわるトピックをはじめ、ダイバーシティやサステナビリティに関する記事はパフォーマンスが非常に良かった。また、それらの記事を読んでくれるのは従来の『VOGUE』のファンではない新規の方が多く、コンテンツとしてもビジネスとしても新しいポテンシャルを感じていた」

https://www.wwdjapan.com/articles/1078899

たしかに、近年そうした人権問題や環境問題は消費者の高い関心を呼んでおり、それらがファッション・ビジネスに新たな利益をもたらしているのも事実だ。SNSの普及により、ファッションはそれまでよりも大きな意味を持つようになった。「今日のコーディネート」を投稿することは、その人が何を支持し何に抗議するかを示す、最も有効な手段だとも言える。2018年にドルチェ & ガッパーナのアジア人モデルが箸でピザを突き刺す動画が大炎上した際、セレブリティの御用達ブランドだったのにも関わらず、その後のレッドカーペットからD&Gのドレスが一気に姿を消したことは記憶に新しい。

しかし、そうした傾向をあくまで「トレンド」と捉え、ハイパフォーマンスが期待できるコンテンツとして提供・消費し続けることで置き去りにされてきた問題はたくさんある。今回、欧米で明らかになったファッションメディア業界内部の人種差別は、業界がスポットライトを当てない無数の問題のうちのひとつに過ぎない。全世界に7千万人以上存在する衣服工場の労働者のうち80%が有色人種の女性であることや、彼らが置かれた劣悪な労働環境、立て続く賃金の未払いなどの問題を報じるのは、いつだってニュースメディアばかりだ。

ファッションのもつプロパガンダ性が可視化された今、消費者の需要と業界の供給に変化が起きるのは当然のことだ。だが、その消費のスパイラルの背後には、まだ様々な問題が残されていることを忘れてはいけない。現在欧米で起こりつつある多様性の再精算は、そうした問題に人々の意識を向ける重要な出来事だと言えるだろう。常に立ち止まって警鐘をならしていくことができれば、ファッション業界に真の変化が訪れる日も近いのかもしれない。

Makoto Kikuchi

1997年生まれ、ベルリン在住のライター/編集者。早稲田大学在学中にNYLON JAPANでインターンとアシスタントエディターを経験。その後i-D Japanにてジュニアエディターとして在籍し、2019年に渡独。Z世代当事者として、同世代のクリエイターのリアルな声を真っすぐに届けることを信条としている。 @0127mako