JC(んoon)と『ファミリー・ミール』(フェラン・アドリア 著)

Text: Kentaro Okumura

Food_______2.17.2023

 『ファミリー・ミール』は、分子ガストロノミーの草分けとなった異端のレストラン、エル・ブジで働くスタッフのまかないをまとめた唯一のレシピ集。「低予算で、バラエティに富んでいて、効率的に作れること」を軸に、料理長であるフェラン・アドリアらによって作り上げられた。 

 そのため、本書にはエル・ブジで提供されたような独創的な料理は掲載されていない。あるのは、サラダやパスタ、スープ、グラタンなど、どれも日常的な家庭料理ばかりである。スタッフは昼過ぎから始まる仕込みとともにファミリー・ミールを作り、始業前になると全員で食事をとったという。(ちなみに、一番の人気は手打ちの生パスタやハンバーガーだったらしい)

東京を拠点とする4人組バンド・んoonのヴォーカル・JCが
自身の「つくること」と、本書との関係を話す。

一瞬の感動の背景に誰かの人生と哲学がある

 昔から唯一集めているのが料理の本。この間引っ越しで実家にある本を整理したんですけど、たぶん200冊以上あったかな。ハバネロやスイカみたいな甘い食材に塩をかけたり、「なんで?」っていう掛け合わせで、まったく予想していなかった味が生まれることにワクワクします。初めて買ったのは4、5歳くらい。旅行に行ったときとか、メルカリとかでコツコツ集めていて、色んな国の本や、ヴィンテージの本も。とくにお気に入りのバミューダ諸島のレシピ本には写真がない代わりに小粋なポエムが書いてあって、それもいいんですよね。「この味は、何も予定がない日曜日の午後の陽差しのようだ」とか(笑)。小さな島のレシピ本には聞いたことのない調味料や、材料の欄に当たり前のように「デーツ」と書かれていたり、見ているだけでおもしろい。実際につくるというより、読んで味を想像するのが好きです。ゾーンに入れる。

Photo by JC

 私のなかではエル・ブジって超科学的で緊張感のあるストイックな料理を作っているイメージで、あまりタイプではなかったけど、「ファミリー・ミール」ってどういうことだろうと興味が湧いて。この「ファミリー・ミール」という言葉自体も好きです。同志や戦友とか腹を割った間柄の人たちが一緒に食べるご飯、みたいな感じ。世界各国から集まるスタッフのまかないのことを、そう呼んでいるみたい。

 開くとまず、工程の写真が美しい。載っているレシピはいい感じに普通なんですけど(お味噌汁は泡立ってたけど)、ここまで丁寧に、美しい写真で手順を説明している本はないんじゃないかな。パスタをざるに上げるだけで3カットも使っていたり、ページの構成から秒単位で調理が進む臨場感が伝わってくる。彼らがどういう目線で作っているか、ひとつ一つの丁寧なプロセスを疑似体験する感じというか。食べることって一瞬だけど、一瞬の感動のためにさまざまなプロセスがふまれていて、その背景には誰かの人生と哲学がある──たぶん、料理本を読みながらそんなことを妄想する遊びをしてるのかな。「つくるってそういうことだよなぁ」とか、勝手に思ったり。

 エル・ブジのフェラン・アドリアは最先端の科学的な調理をするシェフだけど、最終的には自分の直感を大事にするとも言っていて。私はレシピどおりちゃんと計量したりはできなくて、わりと直感で料理していくほう。作りながら「それいいじゃん、じゃあこれとこれを合わせてみよう」「あ、これはいらなかったね」ってアイデアに対して足したり引いたりする。完成形を決めて取りかかるんじゃなくて、やりながらチューニングする、というか。トライアンドエラーを重ねて新しい事を発見する工程が好きで、それは料理でも、音楽でも、つくること全てに言えると思う。きっと、これまでの出会いや経験のストックが直感を鍛えているのかなって。

 完成した料理や作品に対するジャッジの幅は、「美味しい/不味い」「成功/失敗」だけじゃなくて、「美味しくないけど面白い」みたいな判断だってあると思う。こういうのもありだよね、って見れるかどうか。アウトプットの正解を1つにしないことは、紆余曲折を経てつくるときの軸になっているし、んoonにはなんとなく正解の幅が広い人が集まっている気がします。そして、ちょっと変態的にご飯が好き。それが唯一の共通点かも。音楽をつくることも料理をつくることも、上手くいかずにフラストレーションが溜まることもあるけど、楽しんでつくれば次に繋がるし、組み合わせ次第でいろんな発見に出会える。料理の本から、そんなインスピレーションをもらっています。

JC(ジェシー)

キーボード、ベース、ハープの4人組からなるバンド、んoon(ふーん) のヴォーカル。toeやGEZANの客演や楽曲制作活動も。バンド名の由来は、感嘆(あるいは無関心)を表す日本語の擬態語「ふーん」から。(発音アクセントは「不運」と同じ。)「ん」は “h” であり、ハープのアウトラインでもある。直観と思いやりをコアコンセプトに、ジャンルを無駄にクロスオーバーさせるより、その境界面に揺蕩うことを重視する。 2021年8月に3rd作品〝Jargon(ジャーゴン)〟をリリース。